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語ることって大事

これを読めば、小宮-青識論争に最短で追いつける(完結)

 

青識亜論(ネット論客)vs小宮友根(フェミニズム学者)両氏による論争に最短で追いつくための記事でしたが、論争はすでに終結しました。

 

 

 目次

 

ぶっちゃけ、論争部分は、最後の「小宮氏の主張に関するやりとり」だけを読めば事足ります。

 

論争の発端となった発言

 

Aさん(Cさんが想定する外国人の友人)「日本女はなぜに簡単にやらせてくれるの?」

 

Cさん(瀬戸内快男児氏)「...と真顔で聞かれると答えに困るので、海外には貞操観念をしっかり持っていきましょう。ラッキープッシーとかチープガールとか言われてまっせ。」

 

Bさん(jiji氏)「それってあなた自身が馬鹿にされてるんだよ。『あなたの国の女性はなぜ簡単にやらしてくれるの』なんて聞くのは喧嘩売ってるのと同義なのに、そこで『貞操観念をしっかり持ちましょう~』とか自国の女性に言うこのピントのずれ方やばい。」

 

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両者の主張

 

青識亜論氏の主張(問題提起)

jiji氏の発言は、次の二つの理由で問題である。

 

①jiji氏の発言は、男性に怒ることを要請しており、男性に強くあるよう求めているのと同義である。

これはHeForSheの理念と矛盾しているから、フェミニストがjiji氏を批判しないのはおかしい。

 

②jiji氏の発言は、「女性は貞淑であるべきだ」という価値観を前提にしており、女性の貞操観念が低いことを否定的に評価するよう求めている。

これはフェミニズムの思想と矛盾しているから、フェミニストがjiji氏を批判しないのはおかしい。

 

小宮友根氏の主張(反論)

jiji氏の発言の趣旨は、「差別的な価値観に乗るな」である。

だからフェミニストはjiji氏を批判する必要はない。

 

両者はjiji氏の発言について、どちらの解釈が「より妥当」と言えるのかで論争をしていました。

 

青識氏の主張①に関するやりとり

 

1 青識氏の主張①

・HeForSheの理念は「男は強くなくてもよい」である。

・「喧嘩を売っているのと同義」「あなたは馬鹿にされている」は「男は強くあるべきだ」と言っている。

・ゆえに両者は矛盾する。

 

2 小宮氏の質問①

「喧嘩を売っているのと同義」「あなたは馬鹿にされている」は、「男は強くあるべきだ」と言っていることになると考える理由は?

 

3 青識氏の応答①

「あなたの国の女性は...」という発言に直面した男性に対して、怒るよう要請しているように読めるから。

 

4 小宮氏の質問①

なぜ「怒るように要請すること」=「男は強くあるべき」になるのと考えるのか?

 

5 青識氏の応答①

・怒りへの要請は、必然的に戦い、闘争への動員を意味している。

・その要請にこたえるためには強さが必要である。

・ならば「怒るように要請すること」=「男は強くあるべき」となる。

 

6 小宮氏の反論①

「怒る」と「闘う」は同じ意味ではない

・ある言動を「怒るべき」ものだと示すことは、必ずしも「相手と闘争せよ」を意味しない。

・「怒りへの要請」は「必然的に」「闘争への動員」だと言う根拠は?

 青識氏は、「怒りの要請」を「*男として*怒ることの要請」としてのみ理解しているように見える

・たとえば自国の女性への「悪口」に「怒るべき」というのが「自国民として怒るべき」という意味なら、仮に「怒るべき」が「強くあるべき」だとしても、「自国民は強くあるべき」という意味になって「男は強くあるべき」という意味にはならない

・もし青識氏が「自国民として怒ることの要請」のような理解を排除し「男として怒ることの要請」という理解のみを採用しているなら、その根拠は?

 

7 青識氏の反論①

 「怒る」と「闘う」は同じ意味として理解可能な場合もある

・例えば「職場で女性に重要な地位が与えられないことに怒れ」という言説は、女性を抗議や戦いへと動員してきた歴史がある。

・つまり、フェミニズム的観点からくる怒りへの同調を呼びかけることは、「闘え」と同義である。

 

8 青識氏の新たな主張①

ナショナリズム的解釈が成り立つとしたら「青識氏の主張②」と同じ理由で問題だ

・jiji氏が「同じ日本人として喧嘩を売られているんだよ」というナショナリスティックな怒りへの同調をCさん呼び掛けているのだとしたら、jiji氏は「自国の女性の貞操観念も擁護できず、外国人に取られてしまう日本人男性も貶められているよ」と言っていると理解できる。

・その場合、jiji氏が「女性は貞節でなければならない」という価値観に捉われていることになり、フェミニズムの理論と矛盾する。だからフェミニストがjiji氏を批判しないのはおかしい。

 

 

 やりとりはここで中断

 

 

青識氏の主張②に関するやりとり

 

1 青識氏の主張②

・「喧嘩を売っているのと同義」「あなたは馬鹿にされている」は女性の貞操観念が低いことを否定的に評価するよう求めている=「女性は貞淑であるべきだ」という価値感を前提にしている。

フェミニズムの理念は女性の貞操観念が低いことを否定的に評価するよう求めない。

・ゆえに両者は矛盾する 。

 

2 小宮氏の質問②

「喧嘩を売っているのと同義」「あなたは馬鹿にされている」は、女性の貞操観念が低いことを否定的に評価するよう求めていることになる、と考える根拠は?

 

3 青識氏の応答②

一般的に、「あなたの国の女性(男性)は○○である」を「喧嘩を売っているのと同義」みなす場合、○○に入るのは相手に否定的評価を下す言葉であると理解できるから。

 

4 小宮氏の反論②

「あなたの国の女性(男性)は○○である」という発言を「喧嘩を売っている」と理解するために、聞き手自身が「女性(男性)は○○であるべきではない」という前提を持っている必要は必ずしもない。

例 チビ つり目ジェスチャー

 

5 青識氏の反論②

・小宮氏が言うような他の解釈がありうるとしても、「○○」について話者が否定的評価をしているのだろうと推論するほうが自然である。

・例えば、○○人が差別されている社会において、「あなたは○○人のようだ」という発言に対して、「あなたを○○人のようだというなんて、あなたは馬鹿にされているのだ」「喧嘩を売られているのだ」ということは、差別的規範を受容してしまっている。

 

6 小宮氏の質問②

Aさんが特定の価値観のもとでBさんを低評価して侮辱したとき、「Aさんが侮辱をした」ことをBさんが理解するためにBさん自身はその価値観を持っていなくてもよい(Aさんがその価値観に従って発言していることをBさんにわかっていればよい)、これに反論はあるか?

 

7 青識氏の応答②

単に「理解する」だけなら「持っていなくてもよい」だろう。

 

 

つまり、反論はないようです。

ここで二人が合意したのは、Aさんとjiji氏のうちjiji氏だけが差別的規範を前提にしていないパターンは成立しうる、という点です。

 

 

8 青識氏の新たな主張②

・Aさんは「あなたの国の女性は貞操観念が低い」という発言を、差別としてではなく賞賛や中立的な意見のつもりで言っている可能性もあるから、Aさんが差別的規範を前提にしているかは不明。

・BさんがAさんの発言を勝手に侮辱と理解するのは、Bさんが差別的規範を前提にしているからだ。

 

9 小宮氏の質問②

青識氏は次の二つのことを言っている。

・Aさんが「○○は悪い」という価値観を前提にしてるかは不明

・Bさんは「○○は悪い」という価値観を前提にしてる可能性が高い

AさんよりBさんがのほうが「○○は悪い」を前提にしてる可能性が高いと考えるのはなぜか?

 

たとえばAさんがつり目ジェスチャーをした。Bさんは「喧嘩を売ってる」と理解した。このとき

・Aさんが「目が細いこと」を否定的に評価してる可能性

・Bさんが「目が細いこと」を否定的に評価してる可能性

を比べて後者のほうが高いと考えるのはなぜか?

 

10 青識氏の応答②

そういう問いであるならば、どちらも「○○が悪い」という価値観を前提していると推論する蓋然性は高いと私は思う。

 

11 小宮氏の指摘②

ならば、Aさんが「○○は悪い」という価値観を前提にしてるかは不明、というのは不要な懐疑だ。

 

 

ここで二人が合意したのは、jiji氏が差別的規範を前提にしている可能性は、Aさんより高いとは言えない、という点です。

 

 

12 小宮氏の質問②

「jiji氏はAさんの発言を勝手に侮蔑と判断し、それを投げかけられた男性に怒るよう要請した」とどういう根拠で考え、それを「フェミニストが批判しないのはおかしい」とどういう根拠で考えているのか?

 

13 青識氏の質問②

Aさんの発言は侮蔑だ、とjiji氏が判断したことについて、小宮氏は疑義があるのか?

 

14 小宮氏の応答②

「jiji氏はAさんの発言を勝手に侮蔑と判断し、それを投げかけられた男性に怒るよう要請した」という解釈に同意できるかどうかに私が答えるには、「勝手に」の意味と、「侮蔑」がどういう侮蔑なのかを先に青識氏に説明してもらう必要がある。

 

 

以降、二人はひたすら「勝手に」と「侮蔑」という言葉について吟味していきます。

 

 

15 青識氏の応答②

・「勝手に」は、この文脈では「相手が侮蔑の意味でそれを言ったのか確認を取ったわけでもなく」といった程度の意味である。

・「貞操観念が低い」というのは一般に悪口であるから(フェミニズムがどうこうとは関係なく)、jiji氏は日本人女性全般への侮蔑と感じたのだと推論できる。

 

16 小宮氏の質問②

つまり青識氏は、jiji氏が「あなたの国の女性は…」という発言について、発言者が侮辱の意味で言ったのかどうか確認することもなく、日本人女性全般が侮辱されたと判断し、それを言われた男性にそのことに対して怒るよう要請している、と理解した。

・青識氏は上記の理解にもとづいて「フェミニストはこれを批判すべきだ」と主張したが、それはフェミニストもjiji氏について上記のように理解するだろうと考えたのか?

・青識氏自身が「『貞操観念が低い』というのは一般的に悪口である」と理解しているのに、jiji氏がそれを「侮蔑」と理解したことについては「勝手に」という否定的ととれる形容をしているのはなぜか?

 

17 青識氏の応答②

フェミニストがどう理解するかはこの場合関係ない。一般的にそのように理解できるという点を重視した。

・「貞操観念が低い」を侮蔑の文脈で使うことは、「フェミニズムの論理」から言えば、否定的に扱われるべきものだと考えたから。

 

18 小宮氏の質問②

後者の回答「勝手に」についてもう少し詳しく。

フェミニズムの論理から否定されるべきもの」だとして、なぜそう理解することを「勝手に」と形容する必要があるのか?

「批判するときにはちゃんと確かめるべし」というのような理屈か?

 

19 青識氏の応答②

jiji氏の理解が「フェミニズムの論理」から言えば「批判されるべきもの」であるから、否定的な修辞として「勝手に」を使っている。

気になるのなら「勝手に」はあってもなくてもいい。

 

20 小宮氏の質問②

jiji氏の理解が「フェミニズムの論理」から言えば「批判されるべきもの」であると考えたのは青識氏である。

したがって、「勝手に」という否定的評価も青識氏が下していることになるが、それはなぜ?

 

21 青識氏の応答②

「私から見て」ではなく、「フェミニズムの理論から見て」否定的な評価をしている。

 

22 小宮氏の質問②

「jiji氏は勝手な理解をした」という否定的評価は「誰」の考えか?青識氏か青識氏の想定する「フェミニスト」か?

 

21 青識氏の応答②

主語は私であるが、否定的評価のもとになっているのは私の価値観ではなく「フェミニズムの理論」である。

 

22 小宮氏の反応②

OK。意味がわからないということがわかった。

 

解説

上記の「勝手に」の意味についてのやりとりは、少しわかりにくいので解説します。

もとになっているのは、「jiji氏はAさんの発言を勝手に侮蔑と判断した」という青識氏の見解です。 さきほどから二人は、この一文について、とくに「侮蔑」と「勝手に」という言葉の意味を吟味しています。

青識氏は、一般的にAさんの発言は侮蔑と判断できるから、jiji氏もそのような一般的な判断をしたのだろうと言いました。

これは、青識氏がjiji氏の判断が妥当なものだと肯定的評価をしている、と捉えることができます。

しかし一方で、青識氏は「勝手に」という否定的な評価ととれる修辞をつけています。

つまり、青識氏は、「jiji氏は勝手に一般的な判断をした」という肯定的評価と否定的評価が同居したよくわからないこと言っていることになります。

それに対して、えっそれってどういうこと?と小宮氏が理解に苦しんでいるのが一連のやりとりだと思われます。

 

私の見解ですが、おそらく青識氏は「jiji氏がAさんの発言を侮蔑と判断したこと」は、「一般的な判断」である場合と「勝手な判断」である場合の2パターンに分かれる、と言わねばなりませんでした。

青識氏は、jiji氏が「Aさんの発言をただの悪口だと一般的な判断をした」(肯定的評価)、もしくは「Aさんの発言を性差別だと勝手な判断をした」(否定的評価)、この2つのパターンのどちらであるとしても、結局「男性に怒ることを要請している」ので発言には問題がある、と主張しているからです。

ここで青識氏は、この2つのパターンを混同するミスを犯してしまったため、意味不明なことを言ってしまっているのだと思います。

 

 

23 小宮氏の返答②

話を戻して、青識氏の「jiji氏はAさんの発言を勝手に侮蔑と判断し、それを投げかけられた男性に怒るよう要請した」という理解に私が同意するかどうか答える。

私は、jiji氏の発言の主旨が「セクシズムなりレイシズムなりに乗るな」であると理解できる、と主張している。

したがって、「フェミニズムと関係ない侮辱」とか、よく意味のわからない「勝手に」とかいう形容をともなう理解に同意するわけがない。

答えはNo。

 

24 小宮氏の質問②

青識氏は私が同意していると思っていたのか。それとも同意していないと思っていたのか。それともどちらかわからないと思っていたから尋ねたのか。どれ。

 

25 青識氏の応答②
わからないから聞いている。 

 

26 小宮氏の反応②

青識氏は、相手が同意するかどうか「わからない」と考える命題に対して「これはフェミニズムと整合するんですか」と尋ねていた。

つまり、その質問に回答するために必要な、命題の前提となる理解の共有を無視していた。

これは多重質問の誤謬である。

 

 

 やりとりはここで中断

 

 コラム 「多重質問の誤謬」とは?

 

(wikipedaより引用)

多重質問の誤謬(たじゅうしつもんのごびゅう、英: loaded question, complex question fallacy)は、誤謬の一つである。

多重質問は、議論に関わる人々が受け入れていない、あるいは証明されていない前提に基づく質問。それに起因する誤謬を多重質問の誤謬という[1]。たとえば「あなたはまだ妻を虐待しているのか?」といった質問がある。この質問に対しては「はい」と答えようが「いいえ」と答えようが、「あなた」には妻がいて過去に虐待したことがあるということを認めたことになる。つまりこれらの事実が質問の「前提」とされたため、相手は多重質問の誤謬の罠にかけられ、一つの答えしかできない状況に追い込まれる[1]。質問者は修辞的にこのような質問を行い、特に返答を期待していないことが多い[1]

 

 

この場合、小宮氏が「受け入れていない前提」だと言っているのは、「jiji氏はAさんの発言を勝手に侮蔑と判断し、それを投げかけられた男性に怒るよう要請した」という部分です。

青識氏は、「jiji氏は...した」という解釈の中身について小宮氏がちゃんと理解していると判断し、「これはフェミニズムと整合するのか?」という質問をかなり粘り強く何度もしていました(この記事では割愛しましたが)。

そして、後になってから「『jiji氏は...した』について、小宮氏は疑義があるのか?」と質問しなおし、「わからないから聞いている」と言いました。

これに対して小宮氏は、最初の質問は多重質問の誤謬だと批判しました。

 

好意的に見れば、青識氏は、最初の質問をした時点で、小宮氏が質問の前提の中身をちゃんと理解してくれている、と誤解していたことになると思います。

 

 

小宮氏の主張に関するやりとり

 

1 小宮氏の主張

・「あなたの国の女性は…」という発言には、差別的要素が含まれている。

  「簡単にやらせてくれる」かどうかだけで女性を評価することにはセクシズムが、

  また「日本人の」女性に対してことさらそうした評価が向けられるのであれば

  そこにはレイシズムオリエンタリズムが含まれていると理解できる。

 

・jiji氏のツイートの趣旨は、男性に対して「そうした差別的要素の乗っかるな」である。

・青識氏は、「あなたの国の女性は…」という発言をただの「悪口」と捉え、「日本人男性は思いやりがない」といった「悪口」と同等に扱っているが、これは誤りである。

 

2 青識氏の質問

・「あなたの国の女性は…」という発言が、「簡単にやらせてくれるかどうか『だけ』で女性を評価」しているかどうかは不明ではないか?

・セクシュアルな傾向性に言及することが即座にセクシズムなのか?

・日本人に対して評価的な判断をすることがオリエンタリズムレイシズムなのか?

 

3 小宮氏の応答

「あなたの国の女性はなぜ簡単にやらせるの?」発言がセクシズムである理由

・「あなたの国の女性は...」発言は、セクシュアルな傾向について否定的な評価をおこなって卑下をしていると理解するほうが自然だと私は思う。

・その理由は、「女性は貞節でなければならない」という価値観のもとで女性が性的にアクティブであることを否定的に評価し、そうした女性を卑下してきた歴史があり、「あなたの国の女性は…」発言は、その価値観を表現にしていると理解できるからだ。

実際、Cさん(瀬戸内快男児氏)もそのような価値感に乗っかっている

・Cさんが「自国の女性」に対して「貞操観念を持ちましょう」と注意したのは、「簡単にやらせる」発言を「あなたの国の女性は貞操観念がない」と否定的に評価されたと理解したからだろう。

・この「貞操観念」からの評価というのは、女性にだけ貞節であることを要求する点で、女性の性的自己決定権を軽んじ男性と対等に扱わない性差別的なもの。(性の二重規準)

・したがって、Cさんは「あなたの国の女性は…」という発言に含まれるセクシズムに乗っかっている、という理解をすることができる。

オリエンタリズムないしレイシズムの判定基準について

オリエンタリズムないしレイシズムかどうかは、単に「日本人に対して評価をする」かではなく、文化的ないし人種的に自分たちとは異なるとみなすことによって、対象を自分たちと対等ではない、異質で劣った存在として扱っているかどうかによる。

 

4 小宮氏の批判

・青識氏が性差別の歴史を知っていれば、「あなたの国の女性は...」発言が差別的だとわかるはず。わかっていないとしたら無知すぎる。

・青識氏が「あなたの国の女性は...」発言が差別的だとわかっていたなら、 jiji氏の発言を最善の相で理解しようとしたとき、jiji氏の発言の趣旨が「差別的価値観に乗るな」である可能性に思い至るはず。思い至っていて、あえて他の可能性を指摘しているなら、批判相手の趣旨を最善の相で理解する努力を放棄しており不誠実である。

 

 

時系列的には、ここから「青識氏の主張①、②」に分岐し、小宮氏が青識氏に対して突っ込みを入れても埒が明かないので、また↓に戻ってきた、という感じです。

 

 

5 小宮氏による主張の再説明

 

小宮主張再説

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まぁ、これは読みたい人が読めばいいと思います。(読まなくても議論の流れは追えます)

 

 

6 青識氏の質問

解釈の妥当性を述べていない

・なぜ「貞操観念が低いの?」というAさんの問いが、「女性は貞節でなければならない」ということを表しているのだ、と言えるのか?

・jiji氏が「フェミニズム的ではない解釈をした」可能性はありうる。(例えば、「青識氏の主張①に関するやりとり」の中で出てきたナショナリズム的解釈)

・にも関わらず、なぜ小宮氏はjiji氏の発言を「フェミニズム的解釈をすべきだ」と主張するのか?

・小宮氏は、jiji氏が「Aさんが差別的価値観から発話している」とフェミニズム的な解釈をしたことの妥当性が述べられていない。

 

 

疑問

小宮氏は、Aさんの発言を想定したCさん(瀬戸内快男児氏)が差別的価値観に乗っかっているという話を既にしています。

つまり、Aさんの発言を想定しているのはCさんなのだから、Aさんが「Cさんが乗っかっている差別的価値感」から逸脱していないと考える方が合理的である、ということだと思います(その真偽は置いておいて)。

なので、小宮氏は「Aさんが差別的価値観から発話している」と考えられる妥当性についてすでに述べていると思うのですが、青識氏はそれでもなお「これでは述べたことにならない」と言いたいのでしょうか?

それとも、AさんがCさんとは異なる価値観を持つ人物だと想定するほうが合理的である、と考えているのでしょうか?

上記の発言では、言葉が足りなすぎるので、どちらかよくわかりませんね。

 

 

7 青識氏の疑念

私の疑念は、フェミニズム的に正しい・ポリティカルコレクトである解釈と、そうでない解釈が並び立った時に、小宮氏は、フェミニスト(jiji氏)の発言に対してだけ「最善の相」に立って解釈するよう要求しているのではないか?ということである。

つまり、小宮氏は、Aさんの発言に対しては「最善の相」に立って解釈するよう要求していないのではないか?だとしたら、小宮氏は不誠実である。

 

 

 

コラム 「最善の相」とは?

小宮氏は、批判相手の趣旨を「最善の相」で理解する努力をするべきであり、それをあえてしない人間は不誠実である、と言いました。

これに対して青識氏は、それは相手の趣旨を忖度して考えろと言っているようなものだ。しかし、いままでフェミニストは批判相手の趣旨を忖度してきたか?してこなかっただろう?自分たちにだけ都合の良いことを言うな、と反発しました。

青識氏は少し話を広げ過ぎている観もありますが、私も、たしかに、ふたつの可能性があったとしてどちらだと考えるのがより合理的かという話に、小宮氏が「最善の相」という言葉を使ったのは不用意であったと思います。しかし、これがミスと言えるかどうかまでは私にはよくわかりません。(小宮氏自身が誤解を招きかねない表現だったとミスを認めたので打消)

 

 

8 小宮氏の反応

反論はまだ?

 

9 小宮氏の撤回と再主張

 

「最善の相」について

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「最善の相」について撤回

・「最善の相」という書き方は適切ではなかった。

・「二つの合理的な解釈があるとき、相手の主張に有利な解釈を採用せよ」と要請しているように読める。

・これは自分が意図していた「相手の発言をもっとも合理的に解釈せよ」という要請とは別ものであり、混乱を招くものだったので撤回し、以下のように訂正する。

訂正後の主張

・Bさんの発言について、それがフェミニズムの考えに抵触するという解釈と、しないという解釈のいずれもが合理的であるのなら、フェミニストが前者を採用すべきであるということが示されない限り、『フェミニストはjiji氏の発言を批判すべき』とは言えない。

青識氏に求める反論

青識氏が「フェミニストはjiji氏の発言を批判すべき」という主張を維持するためには

・「jiji氏の発言はフェミニズムの考えに抵触しない」という解釈(私がこれまで示してきた解釈)が合理的ではないこと

・いずれの解釈も合理的であるがフェミニストは青識解釈を採用すべきであること

これのどちらかを示す必要がある。

 

 

以下から、最後のやりとりになります。

 

 

青識氏

 要するに小宮氏の主張は、ある表現に対する合理的な二つの解釈があったときに、フェミニストは自分たちに都合のよいときは差別的だ(フェミニズムに抵触する)という理解をしてもよいし、それが自分たちに向けられたときは拒否できるというということだろう?

 

小宮氏

違う。

自分たちの解釈の方が合理的だと言えれば、「相手も自分たちの解釈を採用するべきだ」と主張できる。

 

青識氏

フェミニストがいくら「これは差別だ」と批判しても、批判の対象に「それを採用せよ(=差別と認めるべき)」とは主張できない、ということだろう?

これではフェミニズムの規範的な効力が失効しそうだが。

小宮氏
フェミニストが「自分たちの解釈のほうが合理的」であることを示す努力をすれば失効はしない。

 

青識氏

ここでいう「合理的」とはなんだ?

多くの人が差別的でないと合意している表象でも、フェミニストの批判の対象になることはありうるわけだろう?

「合理」とは何を根拠として、どう判断されるものなのか。

 

小宮氏
脇道に逸れたくないので、その質問が今の議論とどう関係していて、その答えがないと反論ができないのか、だとしたらなぜか教えてくれ。

 

青識氏
脇道と言うか、ここが本質のように思う。

解釈の合理性とは、誰にとっての合理性なのか?

あるいは、誰かの主観ではなく、別の外部的な規範から調達されるものなのか?

 

小宮氏

・「合理的」の意味がわからないから「フェミニストはjiji氏の発言を批判すべき」という自分の主張の合理性を示せと言われても具体的に何をしてよいかわからない

ということか?

 

青識氏
私はすでになすべき反論している。

 

小宮氏

私の求めた反論はまだしていない。

 

青識氏

私は小宮氏の解釈が誤りであるとは主張していない。

それは私の解釈とは異なるが、一つの解釈としては成立するかもしれない。

しかし、問題は、その解釈が成立するとして、だからなんなんだ、と聞いている?

 

それが私の反論だ、と言いたいのでしょう。

 

小宮氏

青識氏は「フェミニストはjiji氏を批判すべきだ」と主張したのだから、そこには「フェミニストも自分と同じ解釈を採用するはず(or)すべきだ」という前提があるはず。

なぜそのように考えるのかを明らかにしてくれ、とずっとお願いしている。

 

青識氏

私は、フェミニストの倫理では、差別性を見出しうる、ある任意の解釈があれば、批判可能なのだと思っていた。

なので、「性の二重規範に基づくマッチョイズムに基づく発言」と解釈可能なjiji氏の発言を差別性を見出しうると判断し、批判した。

しかし、フェミニストが「最善の相」に基づく批判しかできない、とするなら別の話だ。

 

小宮氏

フェミニストは他者の発言を批判するときに、他の合理的な解釈があってもフェミニスト解釈に従うことを他者に要求してきた。従って青識氏もjiji氏の発言に対して、他の合理的な解釈があっても青識解釈に従うようフェミニストに要求した

ということか?

 

青識氏
そうだ。私はそのように思っている。

ある表象の差別性を告発するときに、その表象が「差別的でないほかの解釈があるか」ということを、フェミニストが十分に検証してきたとは思えない。

しかし、一方でフェミニストは、他の合理的な解釈があってもフェミニスト的解釈に従うことを他者に要求してきた。

 

小宮氏
では、「フェミニストがおかしな議論の仕方してるように見えたから同じようにやり返したった」ということなのか?

 

青識氏
それを「おかしな議論の仕方」と小宮氏が評価するのであれば、そういうことだ。

 

小宮氏
私の評価関係ない。

青識氏が「フェミニストはjiji氏の発言を批判すべき」と主張した、その根拠を尋ねている。

 

青識氏
私の主張を、小宮氏がどう評価するのかを明言してくれ。

なぜ私だけが根拠を尋ねられる必要があるのか?

 

小宮氏
青識氏の主張の根拠を尋ねてるところだからだ。

 

青識氏
では、私も小宮氏の価値判断を聞きたいのだが、「おかしな議論の仕方」と私の主張を捉えるのか?

 

小宮氏
その前に、私の質問への答えは「Yes」ということでよいか。

 

小宮氏
では、「フェミニストがおかしな議論の仕方してるように見えたから同じようにやり返したった」ということなのか。

 

青識氏の
「おかしな議論」という評価が正しいかどうかは、小宮氏の答え次第だ。

 

小宮氏
別に表現は「おかしな」でも「悪い」でも「筋が通らない」でも何でもいいのだが、青識氏はフェミニストの議論の仕方を否定的に評価していて、今回はその同じ議論の仕方を自分でフェミニストに対してやってみせた、ということでいいのか?と聞いている。

 

青識氏の
さあ、どうなんだろう。

ただ、私はフェミニストたちの議論の仕方をトレースしただけで、特に今のところ明確な価値判断をしたつもりはない。

 

小宮氏
「明確な価値判断をしていない」なら、どういう根拠で「フェミニストはjiji氏の発言を批判すべき」と主張したのか。
フェミニストはこういう議論の仕方で他者の発言を批判しているようだ。この議論の仕方が良いか悪いかはわからないが、自分も使ってみよう。

ということでよいか。

 

青識氏
というより、実際にフェミニストの発言が同じ方法で批判されたときにどのように理解するのか、ということが私の疑問だったのだ。

一線級のフェミニストであられる小宮氏が議論に参加してもらったことは、その点で全く僥倖であると私は考えている。

 

小宮氏
フェミニストはこういう議論の仕方で他者の発言を批判しているようだ。この議論の仕方が良いか悪いかはわからないが、自分も使ってみよう。それに対してフェミニストがどう反応するか見てみよう。

ということか。

 

青識氏
あえて言い換える意図がよくわからないが、私がすでに言ったような意味だ。

 

小宮氏
「青識氏がすでに言った意味」がわからないから確認している。
フェミニストはこういう議論の仕方で他者の発言を批判しているようだ。この議論の仕方が良いか悪いかはわからないが、自分も使ってみよう。それに対してフェミニストがどう反応するか見てみよう。

ということでいいのか?

 

青識氏
すでに言った通りだ。

 

小宮氏

フェミニストはこういう議論の仕方で他者の発言を批判しているようだ。この議論の仕方が良いか悪いかはわからないが、自分も使ってみよう。それに対してフェミニストがどう反応するか見てみよう。

ということだったと理解してよいのか、と確認させてほしいだけだ。

青識氏
同じ批判の方法で批判をし、その正当性を問うているという意味ではそうだ。

 

小宮氏
OK。ということは青識氏の今回の「フェミニストはjiji氏の発言を批判すべき」というご主張は、青識氏自身も「正当性」があるかどうかわからない(「明確な価値判断をしていない」)議論の仕方によって主張していた、ということだ。


青識氏
「その前に」と言ったのだから、そろそろ小宮氏の価値判断を聞かせてもらえないか?

 

小宮氏
いや、もう議論は終りだ。なぜ終りかは以下で説明する。

 

 終わり

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もはや争点がないので言うことはないのですが、私の感想は「『反応を見るための釣りでした』のような指し手をは、いついかなる状況でも議論から離脱するために使えますよね」です。後の評価は第三者にゆだねます。

 

ようするに、青識氏、議論から逃げたね、みなさんどう思いますか?と言っていますね。

 

  観戦?してくださった方々へ

TwitLonger — When you talk too much for Twitter

 

ただ、(終り方は予想していなかったので結果論ですが)私自身がこの何の得にもならない、時間を浪費し実名で恥をさらしおそらく研究者フォロワーからは顰蹙を買うだけだったやりとりから「伝わったらいいな」と思うのは、双方が「議論するという営為」にコミットしなかったら「議論」は成立しないよ、ということです。

 

これは、つまり、今回の論争は、そもそも議論として成り立っていなかった、と言いたいのでしょう。

 

解説 「合理的」とは?

以上のやり取りで二人は、お互いにある質問をし、それに回答するよう要求し合っています。

しかしなんのことはありません。これは二人の決定的な認識の相違から来ているだけのことです。

それは「合理的」という言葉についての理解の違いに表れています。

 

青識氏は、「フェミニズムフェミニスト)の主張は、ある表現に対する合理的な二つの解釈があったときに、フェミニストたちに都合のよいときは差別的だと理解してもよいし、それが自分たちに向けられたときは拒否できる。」と言いました。

青識氏は、二つの解釈がどちらも「合理的」であった場合、優劣はつけられない。つまり、本来は判断を保留するしかないのに、フェミニストは自分たちに都合よく判断している、と理解しているわけです。その「都合のいい判断」を「最善の相」という言葉をあえて使って茶化しています(撤回を無視)。「フェミニスト特有の都合のいい論理」だと最後まで批判したいのでしょう。

そして、青識氏は質問で、「フェミニストの論理」をトレースした自らの主張(それが成功しているかは置いておいて)を小宮氏に「おかしな議論」だと否定的に評価させようとしているのですが、これはただの揚げ足取りが目的だろうと思います。

 

一方で小宮氏は、「自分たちの解釈の方が合理的だと言えれば、『相手も自分たちの解釈を採用するべきだ』と主張できる。」、そして「フェミニストが『自分たちの解釈のほうが合理的』であることを示す努力をすれば(フェミニズムの論理は)失効はしない。」と言いました。

小宮氏は、二つの解釈がどちらも「合理的」であった場合、どちらがより合理的」かによって優劣がつけられる。そして、優位であることを示す努力をすれば、「相手も自分たちの解釈を採用するべきだ」と主張できる、と理解しているわけです。

そして、小宮氏は質問の結果、青識氏が反論を放棄している、つまり「自分の解釈のほうが合理的」であることを示す努力を放棄していると判断し、論争終結を宣言した、というのが一連のやり取りです。

 

私は、このやり取りを見て、青識氏があがりを決め込んだのは時期尚早だなぁ、と感じました。なぜなら、二人の「合理的」という言葉の解釈に相違がある以上、青識氏が「フェミニストの論理」を忠実にトレースできているかはまだわからないからです。これでは青識氏が必要なあがり札を確保できておらず、議論の放棄と見なされても仕方ないと思います。

小宮氏が論争を打ち切りにしたのは、青識氏のとんだ茶番劇につき合わされた、もしくはフェミニストに対する印象操作の道具にされたと捉え、これ以上の歩み寄りはせずに損切りに回ったということだと思います。

 

以上です。

みなさんお疲れさまでした。

 

 

その後のやり取り

 

青識氏

 結局、小宮氏は価値判断を最後まで避けた。

いちおう言っておくが、他者の思想を検証するにおいて、そのものが利用している論理の構造を逆に当てはめてみるというのは、「釣り」ではない。

正当な議論の方法論だと思う。

 

小宮氏

海法 紀光@nk12 9月13日

青識さんの考える「フェミニズムの論理」を相手が認めたなら、「それを認めるなら、これも認めるだろう」といった話ができますが、認めたわけでもなく、認めざるを得ない筋道も出してないので、単に脳内論理を勝手に当てはめてるだけで、それは反転可能性でもなんでもないですよ。

↑をRTしたうえで

そもそも「相手が自分に向けてやってる(と自分が思う)ことを相手に向けてやる」ことを「検証する」とは言わない。

 

小宮氏

いまだに「最善の相」という私が使った表現に関するtwが流れてくるので、落ち穂拾い的な話をひとつ。

 「最善の相」について(2)

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青識氏
とりあえず、小宮先生は最後まで本当に根気強く付き合ってくれたとは思う。誠実さについても疑っていない。もちろん、かみ合わない部分も数多くあったが。


いわゆるフェミニズムによる性表現批判は、多くの場合、一見するとなんでもないように見える表現について、「性差別」を読み取る構造になっており、必然的に複数の合理的な解釈から「最悪のもの」を読み取ることが「可能である」という議論に立ってきた。

「私達は差別となる『可能性』のある表象を批判するべきだ」ということがフェミニストの批判には内在していた。「差別的意図のないただの観光PR」という解釈と、「この絵は性的消費だから差別だ」という解釈を比べて、どちらが合理的か、という検証は果たしてこれまでなされてきたのか。

もちろん、私たちは、意識的にせよ無意識的にせよそのような論証をいつでもフェミニストに強いる戦術をとってきたかもしれない。しかし、その戦術の正しさを、小宮先生がお手ずから裏書してくれたというわけだ。それは素晴らしいことだ。

 

青識氏

せっかくなので、noteで今回の小宮先生との論争について、論点と私の見解をまとめた。これからのTwitterフェミニズムと戦うに際して、一つのパッケージができたのかなと思っている。

 

論点整理:小宮・青識論争――または「最善の相」について|青識亜論|note

 

 

小宮氏

特に言うべきことはないので、比べて読んでいただければと思う

小宮主張再説

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「最善の相」について

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終わり

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「最善の相」について(2)

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「最善の相」と表象の問題についても、これなら上の(2)に急いで何か付け加える必要はないかな。

なお考えていたのは、表象の差別性が争われる場合、ある表象が差別的と解釈できるかという問いに加えて、差別的と解釈しうる表象が用いられる表現をどう扱うべきかという別の問いがあって、そのぶん議論は複雑になるよね、ということ。

 

こちらはずっと「その主張がどう正当化できるのか」を問うていたのに対し、相手は「どう正当化できるのか」どころか「自分がどんな主張をしているか」にもあまり関心がなかったのではという印象を確認させてもらえる「論点整理」だった。

後から見て最大限好意的に解釈すると、「フェミニストダブスタだ」という類いのことが言いたくて、(1)HeForSheとJ発言、(2)フェミニストの議論の仕方と自分の議論の仕方、(3)小宮発言とフェミニストによる表象批判、などを並べて見せているという感じ。

私が今回議論をしてたのは(1)のJ発言の理解について。議論の最後に突然出てきたのが(2)。「論点整理」の後半に書かれているのが(3)。

けれど並べられた個々の要素をどう理解しどう比較すべきかについて自分の主張を正当化するという作業がないので、根拠が示されないままただ並べて「みなさんわかりますよねー」という以上のことになっておらず、(1)から(2)(3)へとぽんぽん飛ぶことにも疑問を感じていない。

繰り返しだけど、「自分がどんな主張をしてて、どうしたらそれを正当化できるか」ということへの関心がとても低いと思う。

関心もってやりとりを振り返ってくださっている方は、ぜひ「互いがどのような主張を提示していて、それをどのように正当化しようとしているか」という筋を再構成しようとしてみていただければと思います。