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『時をかける少女』 ≪白梅ニ椿菊図≫について

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はじめに―まず読み方から

 細田守監督の『時をかける少女』が地上波ということで、今回はずっと疑問に思っていた作中に出てくる架空の絵≪白梅ニ椿菊図≫について書いてみよう。

 ≪白梅ニ椿菊図≫は、劇中で未来人の千昭がこれを見るためにやってきたという設定で登場するのだから特に重要なアイテムのはずだ。しかし、この作品に関する言及は、ほとんど成されず、登場する機会もほとんどない。

 それにそもそも、この作品のタイトルはなんと読めばいいのだろうか。

 「白梅」は、「しらうめ」もしくは「はくばい」と読む。尾形光琳の≪紅白梅図屏風≫(こうはくばいずびょうぶ)や、呉春の≪白梅図屏風≫(はくばいずびょうぶ)などがあるから「はくばい」と読むほうが一般的だろう。次に「ニ」は、これ漢数字ではなく、カタカナで表記されている。そして「椿」は、「つばき」「ちん」。「菊」は音読みの「きく」しかない。

 以上からこの絵のタイトルは、白梅、椿、菊と植物の名称を並列した「はくばいにつばききくず」と読むと思われる。(追記:映画公開当時の読売新聞記事でもそうルビが振られているのが確認できた。*1

 

この絵の設定、制作秘話

 ≪白梅ニ椿菊図≫の設定について簡単に解説すると次のようになる。この絵は、東京・上野の東京国立博物館に収蔵され、そこで長年の間、当館の学芸員である「魔女おばさん」こと主人公の真琴の叔母・芳山和子が修復していた。そして、とうとう修復が完了し、当館の「アノニマス―逸名の名画―」という架空の展覧会で展示されているところが劇中のシーンである。

 唯一、この絵の素性について劇中で触れられるのは、芳山和子の以下の台詞である。

作者もわからない。美術的な価値があるかどうかも今のところはわからない。〔中略〕この絵が描かれたのは何百年も前の歴史的な大戦争と飢饉の時代。世界が終わろうとしてた時、どうしてこんな絵が描けたのかしらね。

この台詞からわかるのは、作者不詳、制作年代は推定数百年前、当時は大戦争と飢饉の時代であった、ということだけ。日本で該当する時代は、室町から戦国時代にかけてといったところだろうか。情報量が少なすぎるのでよくわからない。

 「アノニマス―逸名の名画―」には、この絵の他に実在する作品も展示されている。この展覧会のために架空の出品リストも作られたらしい。なぜこんなにディティールが凝っているかというと、東京国立博物館の研究員で、日本の近世、近代絵画史が専門の松嶋雅人氏がこの展覧会を監修しているからだ。細田守監督とは金沢工芸美大の同級生で、長年交友を続いているという。

 

二つの作品

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 本編ではちらっとしか映らないが、≪白梅ニ椿菊図≫の両脇に展示されているのは、≪隠岐配流図屏風≫と≪玄奘三蔵像≫という実在する絵だ。ふたつの絵についてそれぞれ見てみよう。

 

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 ≪玄奘三蔵像≫は鎌倉時代の作で、『西遊記』でおなじみの三蔵法師が描かれている。なぜこの絵が映画に登場するのだろうか。未来から過去へ絵を見にやってきた千秋と、中国からはるばる砂漠を越えてインド(ガンダーラ)に渡り、多数の経典を持ち帰った三蔵法師の行いには近いものがあるとほのめかすためだろうか。

 

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 つぎに、≪隠岐配流図屏風≫(アメリカ、キンベル美術館所蔵)。作者は不詳で、制作年代は室町時代後期。うっすらとかかった金色の雲と打ち寄せる荒波の描写が画面の大部分を占め、右端にポツンと寂しく座っている男性が描かれている。

 細田監督は当初≪隠岐配流図屏風≫を千昭が見にくる絵として構想していたそうだ*2

 この作品については、東京国立博物館研究員の鷲頭桂氏が興味深い指摘をしている。鷲頭氏によると、この絵は「先行研究では『増鏡』の後鳥羽院もしくは後醍醐天皇隠岐配流を描いたものとされてきた」が、本当は「『源氏物語』「須磨」「明石」帖が典拠となっている」という*3。つまり、画面右端で佇んでいる男性は、従来の解釈では島流しにあった上皇、もしくは天皇と考えられてきたが、実際は都を離れてひっそりと過ごしている光源氏だというのだ。

 この指摘は映画公開後のものなので、劇中でこの絵は従来の解釈と同様に「島流しにあった高貴な人が描かれた絵」として登場すると考えていいだろう。その場合、未来人の千昭が過去の世界から未来に戻れなくなってしまう状況が、この「島流しの絵」の情景と重ねられているといった解釈ができそうだ。しかし、『源氏物語』の絵であるという前提で考えてみると、この解釈には齟齬が生じてしまう。それどころか、光源氏が都を離れた理由が色恋沙汰が原因での自主謹慎というのだから、それを千秋の姿と重ねるとなるとなかなか反応に困る解釈が導き出せてしまうのである。(「須磨」「明石」はそういうエピソード*4)。もし細田監督の当初の構想通りに千昭がこの絵を見にきていたら、映画の解釈が全然変わってしまうなんてことになりかねなかったのかもしれない。

 

そろそろ本題

 では、≪白梅ニ椿菊図≫に注目していこう。細田監督は、トークイベントでこの絵についてかなり詳細に語っているので、絵に描かれた内容を知りたいならその文字起しを読むのが近道だ。

Q. 「あの天女の絵は元ネタがあるんですか?」

細田 「あれですね、国立博物館にある「白梅ニ椿菊図」。お答えしますと、元になった絵は特に無いんですよ。最初は絵を見るってことだけを決めてて、どんな絵か探してたんですけど、実在する絵に適当なものは無かったんです。
描いたのはマッドハウス平田敏夫さんで、実はこの方は演出家なんです。『ボビーに首ったけ』とか『はだしのゲン2』とか、最近だと『花田少年史』のオープニングや『茶の味』の最後のアニメの部分とかもされてる。尊敬できる、素晴らしい演出家なんですね。
普通なら日本画家にお願いするんでしょうけど、そこを敢えて演出家の平田さんにお願いした。平田さんの絵って、何かとっても暖かいていうのかな。色んな物を含んでいて暖かさがある。この作中の絵も、描かれた経緯が分からなくても何かが伝わってくるものがあるような絵なんだろうなと思っていたので、平田さんしかいないなと。
ちなみに、この絵は女性の顔らしきものの下に、その下に4つの物が浮いているんですが、これは平田さんによれば「宇宙」だそうです。それをぐるっと龍のようなものが渦巻き状にとり囲んでます。その周囲に実は花があるんですが、それがある種の吉祥性を表しています。周囲の花の方は絵が傷ついていたりして判然としないものになってます。
あとは、絵のタイトルなんですけど、和子があの絵に名前を付けたんです。お寺さんかどこかから持ってきてね。こういう絵の名前は研究者がつけることが多いんです。」*5

 

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 インタビューを踏まえつつ画面に注目してみよう。監督が言うように、中心には女性が、胸のあたりに四つの球体を抱擁するように描かれている。その球体は青色で、地球を連想させる(制作者の平田敏夫氏によれば宇宙だそうだが)。女性の周りには、雲(龍?)のようなものが辺りを一周して囲んでいる。よく見るとそれと一緒に花や鳥のような生き物も描かれているが、殆んど同じ色をしているため判別しにくい。タイトルにある白梅や椿、菊がどこにあるのかもよくわからない。全体的に曖昧模糊としているという印象が否めない。

 

本当に「何百年も前」の絵なのか?

 次に、この絵の描き方に注目していくことにしたい。叔母・芳山和子によるとこの絵は、何百年も前に描かれたとのことだが、実際に作品を見てみると、どう見てもここ最近に描かれた作品にしか見えない。数百年前に描かれたというのはどうもリアリティーに欠ける。

 実際の歴史に残る絵と比較してみよう。下に示したのは、今から120年ほど前に描かれた作品。日本画家の狩野芳崖(1828-1888)が死の直前に描き上げた≪悲母観音≫という絵だ。芳崖は、伝統的な日本絵画の技法と西洋絵画の技法を折衷させたやり方で描いている。

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 ≪悲母観音≫の幼児を包む球体の描写がわかりやすいと思うが、いくら西洋の画法を取り入れていると言ってもモノの輪郭線がはっきりした描き方をしている。それに対して≪白梅二椿菊図≫は、中央の女性や彼女を囲む雲のようなものは輪郭線がはっきりと描かれているものの、4つの青い球体は輪郭線があいまいであり、≪悲母観音≫の球体よりもはるかに立体感がある。

 ≪白梅二椿菊図≫の制作者の平田氏は、武蔵野美術大学油絵科出身である。球体の立体感は、油彩画的な技法に由来しているのだろう。

 4つの球体は、意味ありげなモチーフとしても際立っている。先ほどのインタビューによれば、これらの球体は宇宙のようなものとして描かれたらしいが、宇宙はまだ科学が発展していない時代においては宗教的な世界観をもとにして描かれるべきモチーフである。しかし、この4つの球体の描写にそういった宗教的世界観を感じ取ることは難しそうだ。むしろ、宗教的な意味というよりも、主人公がタイムリープする際に幻視するSFっぽいガジェットのようなイメージと近しいものになっているように思える。宇宙が複数存在するという点も、まるで主人公がさまざまな可能性の世界を駆け巡るこの映画のギミックを絵で図示しているかのようである。

 

おわりに

 以上、『時をかける少女』に登場する絵について見てきた。それらの絵は、キャラの設定や物語のギミックを象徴的にイメージさせる小道具として使われていると言えそうだ。絵画をオマージュした絵作りをするという形でアニメの中で引用するといったことはわりとよくあると思うが、直接絵画を登場させてそれぞれ物語と関連させるというのはなかなか大胆な試みだったのではないだろうか。

 しかし、同時に、実在する絵画はその解釈がのちに変更が加えられることもままあることなので、それがリスクになってしまうという問題もあるとわかった。まぁむしろ光源氏の下りはこの映画を下世話な話としても読めるという、それはそれで筋が通ってしまいそうな奇跡的な着地をしていて個人的には笑えたが。ともかく、物語上重要な意味を担わせるには、実在の絵よりも架空の絵のほうが安牌なのはたしかだろう。

 

*1:前田恭二「記者ノート・“時をかける絵”見ましたか」(読売新聞2006年8月31日)

*2:このあたりのことは『日本の美術』2月号(No.489)至文堂 (2007)の、二人の対談で語っているようだけど、私は確認してません。

*3:鷲頭桂「大画面形式の源氏物語図屏風の成立に関する一考察―いわゆる「隠岐配流図」(キンベル美術館蔵)を手かがりに―」http://www.l.u-tokyo.ac.jp/~artist/gakkai2008/presentation/presentation10.pdf

*4:参考サイト 須磨観光協会 - 源氏物語と須磨 http://www.suma-kankokyokai.gr.jp/modules/pico/index.php?content_id=9

*5:渋谷オールナイトのレポート(『時をかける少女』公式ブログ)(魚拓)https://web.archive.org/web/20080119210130/http://www.kadokawa.co.jp/blog/tokikake/2006/09/post_95.php