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語ることって大事

【短い感想】『リップヴァンウィンクルの花嫁』(2016)

はい、岩井俊二監督のやつね。去年の作品か、意外と最近だな。

岩井監督の存在は今年知りました。しかも数か月前。夏にアニメ版『打ち上げ花火』をみるために予習としてドラマ版をみて、それから『リリィシュシュの全て』『花とアリス』『市川崑物語』をみたって感じ。ハマりそうでハマらないそんな距離感がある。

みるたびに心がえぐられるので、かなりしんどい。

 

夏にね、暇だったから夜中に2ちゃんねるやってたんですよ。もう今では5ちゃんになったんだっけ?まあいいや。そこで明日彼氏とセックスするんだけど・・・っていってる女子高生とお話ししたんだよ。話を聞いてると彼氏からコクられて、そんなに好きとかじゃないけどお試しで付き合って、今度セックスするんだと。

好きじゃないのにセックスはするのか・・・みたいなことを僕はグチグチ言ってみたけど、彼女はそれでかまわないらしい。それと、彼氏とはそのうち別れるだろうな、とかなんとかいってて、こっちがひたすらもやもやするだけだった。

ちょうど『リリィシュシュ』を観た直後だった僕は、そこで彼女に「いま岩井俊二の映画をみた後みたいなモヤモヤした感じだ」みたいことを確か言ったんだと思う。そしたら、彼女は岩井俊二のファンで、逆にお気に入りの作品をおすすめされるという、なんだこれっていう経験がありました。ちなみにおすすめされたのは『花とアリス』。

それから岩井の映画を見るたびに、彼女はいったいどんなセックスをしたんだろう、っていうようなことを思い出すことになってしまった次第です。君に幸あれ、とそのたびに思ってます。

 

なんでこんな話をしたかと言うとね、僕にとって岩井映画ってセックスのイメージが強くあるんですよ。『リリィ』も『リップヴァンウィンクル』もセックスもしくはレイプのところで一番心がえぐられたんで。ようするに女性の不本意なセックスをみると動揺しちゃうんだよね。

セックスシーン自体は嫌いじゃないよ。むしろ好きな映画もあるし。相思相愛なセックスは安心する。『グッドウィルハンティング』と『アバウトタイム』なんかがそんな感じかな。

 

そろそろ本題に入らなきゃ。

話自体は正直なんだこれ…って感じでポカーンだった。

整理しよう。

主人公の七海は、ネットを通じて彼氏と出会い、結婚することになった。そして、結婚式で出席する親族を水増しするため、アムロというなんでも屋の男に親戚代行の手配を依頼。新婚生活は順調と思いきや、アムロの思惑によって、七海と夫は別れることに。アムロという男は、金の為なら何でもやる男なだけで、悪人とは言い切れない、そんなキャラクターだということが、終盤あたりでやっとわかってくる。最初はほんとクズ野郎なんだと思ってた。

最初アムロの掌の上で七海が踊らされて不幸のどん底なのかと思いきや、あまりそこは重要ではないみたいだ。夫との離婚は、七海にとって自分の居場所を失いどこにいるのか分からなくなるという局面であり、それ以上の何かではない。

ただ僕にとっては、七海が知らない男から身体の関係を求められるところがこの映画の一番の山場であった。心が揺れ動く場面であった。なので正直ノイズが大きすぎた。

 

本当に重要なのはその後、七海は真白という女性と出会い彼女と生活するようになってから。二人はだんだんと距離を縮めていくが、真白は死んでしまう。

そこで七海は目が覚める。彼女は真白との生活が夢か何かだったように思えてならない。

 

物語の中で一貫しているのは、わかりあえなさ、他人を理解しようとしてもできないといった問題。

人はいろいろな仮面を複数持っている。それがこの映画ではSNSのアカウントだったり、親族代行だったりする。

でも、なにか一つの本当の自分なんていないんだろう。どれも自分であるからには、自分とはその集合でしかないということになる。

誰かに必要とされる自分をいくつも作りたい、持っておきたい、確かにそうだな。

いらなくなった自分は、アカウントを削除する、それでいいのかもしれない。

真白が死んだとき、七海は真白に必要とされていた自分を失った。それはある意味で死なのだと思う。

その思い出を生きる糧にしてさらに強く生きていくのか、受け止めきれずに枯れていくのか。

つらい思い出とは、人生の肥料なのだと、そう思った。

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