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語ることって大事

【考察】『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』死のメタファーを読むPart1【感想】

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カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一緒に行かう。

                                  銀河鉄道の夜より

 

 

はじめに

 最初に断っておくと、この記事は最低でもアニメ映画の『打ち上げ花火、下から見るか、横から見るか』と、その原作となったドラマ版を見ている事を前提として書きます。できれば、アニメ化にあわせて原作者の岩井俊二が新しく書き下した小説『少年たちは花火を横から見たかった』とアニメの脚本を手がけた大根仁による映画と同じ題名の小説を読んでるとなお良いです。というかそのネタバレがありますのでこれから読もうと思っている人はこの記事は読まないでください。あ、あとアドバイスですが、小説をあとがきから読む派の人は、大根版の小説だけはそれやらない方がいいと思います。

 

感想文

 打ち上げ花火、見てきました。見る気は全然なかったんだけど、まあ暇だったからTSUTAYAでドラマ版を借りて見たのが運の尽き、のめり込んでいってしまった。監督が岩井俊二だったっていうのもそこで初めて知って、驚きました。で、その勢いでアニメ映画のほうを見に行ったわけですけど、これがまた原作をさらにぶっ飛ばしたような内容で度肝を抜かれて、よくこんなの作ったな…が最初の感想です。とても一般受けするとは思えない。でも僕はクライマックスで感動して、カップルとオタクっぽい男子高校生たちに囲まれて一人で泣いてました。エンドロールになる頃にはニヤニヤと笑ってて、ホント気持ち悪いな俺、って思いました。

 それから考察や感想等を書いたブログなんかを軽くネットで検索してみたところ、インタビューでディレクターの川村さんが言ってましたが、今の観客の観る目がすごく肥えてるのに驚いた。結構みんなあの話理解できてるんだな、と。僕は現代アートの世界に少し触れる経験もあるので、あまり抵抗はないんですけど、それが無防備な人にとってはいろいろな要素がノイズでしかないだろうなって思ってました。けど、ブログで映画のレビューを書くくらいの人たちには、普通に見れる映画だったみたいです。なので正直最初は、これは僕だけしかまだ言及してないだろうっていうのが見つからなかったんで、書かないでおこうかなと思ったんですけど、美術史の図像学っぽい考察なら出来そうかなって思ったんで、書いてみる気になりました。

 

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ドラマ版、総括

 じゃあ、まず原作について。ドラマは、オムニバステレビドラマ企画「ifもしも」の中の一作として1993年に放送された同名のドラマです。放送後、完成度の高さが話題となり、1995年に映画作品として劇場公開された、監督岩井俊二のメジャーデビューでありながら出世作という問題作。

 内容は、簡単に言うと日本版スタンドバイミーで、ドラマとして作られたため尺は50分と短いですが密度がすごく濃い。描かれる小学生男子たちの友達付き合いや恋の悩みには、将来に何の不満もなかったあのときの自分を重ねずにはいられない。そしてヒロインのなずな役、若き日の奥菜恵のかわいらしさに悶絶し、彼女との別れを描くこのドラマによってトラウマを植え付けられた人々はたくさんいた事でしょう。もしあのときこうしていたら、を実際に視覚化することの残酷さを呪いながら画面の美しさに見せられる、そんな名作です。

 登場人物たちはみんな小学生で、最終学年の6年生というだけあって少しずつ大人な部分を見せ始めている。恋愛なんかはその際たるものなんだけど、自分の感情に対する戸惑いもあって、どうしたらいいのかわかってないまま、お互いの気持ちがすれ違い合いながらストーリーが進行する。その中心にいるヒロインのなずなは、主人公たちより一回り以上大人な雰囲気を醸し出している。それは母親のお世辞にも褒められない恋愛歴を知っており、大人のいい加減さを肌身で感じているからなのかもしれない。そんな彼女が今度親が離婚する事を知ってふてくされて、そのわがままに主人公たちを巻き込んで、男たちは彼女の言動に振り回される。主人公の典道は、彼女のごっこ遊びに付き合わされるんですよ。かけおちごっこ、泥棒ごっこだったりね。これぞ童貞殺し、グサグサと男の恋心を無自覚に刺激しまくる、そんな悪女なんですが、刺されてる方にそんな意識はなく、あくまで自分の問題だと思っている。そして典道は、そんなごっこ遊びに振り回されたあげく、最後は実感する暇もないままに彼女との別れを迎えてしまう。

 この二人の次に重要なキャラクターは、典道の親友祐介。典道ルートが恋愛編だったとするなら祐介ルートは友情編。このドラマを日本版スタンドバイミーだと形容したのも、こちらのパートに比重があります。こちらのルートは、花火大会の打ち上げ花火を横から見るために岬の灯台を目指す冒険を男共が敢行する。死体を見に行くよりかはだいぶキレイですが、汗臭さは十分です。典道と祐介の選択は、友達と一緒に花火を横から見るために灯台に行くのか、それともなずなの花火大会への誘いを受けるのか、その二択で分岐していく。プールの勝負に買った負けたはただのきっかけにすぎないんですよ。祐介は、なずなとの約束を反故にして灯台に行こうとするけど、それを知った典道は怒って彼と仲違いして、何もかもが台無しになる。そこで典道は俺がなずなの誘いを受けていたらと願い、そのもしもが叶った世界が描かれる。ただ、祐介が約束を反故にしたのは、なずなのことが好きなのに告白する勇気がなかったからだ。でも小学生の恋の半分以上は、このパターンを踏むと思うんですよね。典道だってあんな事件がなければ、なずなを助けたいなんて思わなかったことが想像できるので、誰が意気地なしだとかそういう話ではない。で、もしもの世界での祐介は、なずなの誘いという縛りがないので、素直に他の友達と一緒に灯台へと向かう。その道中に喧嘩があったり、やけくそになって好きな女の子の名前を叫びだしたりと、行き場のない感情をどうにかしたくて必死だ。典道がifの世界の主人公だとするなら、祐介はリアルの世界の主人公だと言えるだろう。正直、僕は祐介に同情せずにはいられなかったなあ。僕も高校生の頃に似たような体験があったので。こういうふうに自分の恋愛歴はどうだっただろうかと思いをついつい巡らせてしまうのもドラマ版の力だと思う。

 

ドラマ版のメタファーPart1

 ここまではこのドラマのオーソドックスな読みって感じで書いてきたけど、ここからは少し作中のメタファーについて考察をしていきたい。ずばり、死のメタファーについてです。

 ここでいったん話が反れるんだけど、少し前に美術館へダリ展を見にいったんです。あの髭をピンっと跳ね上がらせた素っ頓狂なおっちゃんのダリです。暇つぶしのつもりで気軽に見てたんですが、パラパラと見てるとその中にいたんですよ、アリとハエが。ダリと言えばとろけたような時計が描かれたこの絵ですよね。

f:id:noumos:20170825023001j:plainこの絵の

f:id:noumos:20170825023058j:plainここの部分

この絵以外にも、ときどきアリやハエが描かれてます。で、どんな意味があるのかっていうとダリ本人曰く、アリやハエっていうのは生き物の死体に群がってくるから死のイメージとして絵の中に登場させているんだと。へえーって感じだよね。その時、ああそういえばなずなの体に蟻がくっついてて典道が取ってあげるシーンがあったよなあって、思い出したんですよ。

 その数日後、岩井俊二が新しく書き下ろした小説『少年たちは花火を横から見たかった』を読んだら、この場面以外にもアリが登場してました。それは、物語の序盤に典道がなずな本人から両親の離婚のことを聞いたとき。

なぜか頭に浮かんだのは、無惨に割れたすいかだった。たまに道ばたで遭遇する割れたすいか。(中略)割れたすいかはもう人間の食べ物ではない。アリや、ハエや、その他の昆虫のえさになる。カブトムシが食べに来るかもしれない。もったいなくも、残念な、無惨な、道ばたで割れたすいか。離婚という言葉にふさわしいイメージがほかに見当たらず、気の利いた言葉のひとつも浮かばないぼくの脳裏をただただ割れたすいかが駆け巡る。*1

 この割れたすいかに群がるアリや、なずなの体にくっついてるアリが、そのまま死のメタファーだというのは強引かもしれませんが、少なくともこの記述の場合は不穏なものを表すためのイメージとしてアリやハエが登場していると言えそう。このことを踏まえて、プールサイドでのなずなと典道のやり取りについて考えてみると、あのアリはなずなの中に溜まっている悪いガスでそれを典道が抜いてくれる、後のifの世界で起こる展開を暗示しているっていうふうに読めると思うんですよ。このとき典道は、彼女の体に触れることにドキドキして、もしかしてなずなは自分に気を許してるんじゃないかって思っちゃうんだけど、なずなにとってはガス抜きに付き合ってくれる男の子としか思ってない。この場面に二人の気持ちのすれ違いを見る事もできて、すごく濃密なシーン。

 とか思いながら読み進めていったわけなんですが、最後の方にですね、なずなの名前の由来となった植物の薺(ナズナ)について、こう注釈が書いてあるんですよ。

ナズナ(薺)】

アブラナ科ナズナ属の越年草。

名前の由来は、なでたいほどかわいい花の意味の撫菜、

夏無、夏になるといなくなる花、など諸説ある。

うーん、考え抜かれてるなって思わず感心しました。夏にいなくなるって言うのは要するに枯れちゃうってことです。思いっきり死の暗示ですよね。こういう思わずハッとしたり、いろんな意味を疑ってかかったりするようなモチーフを仕込んでいるところがこのドラマの名作と言われる所以だなあと思うのでした。

 

Part2へ、つづく

noumos.hatenablog.com

 

*1:ちなみに僕が読んだのは、児童向けの角川つばさ文庫版です。これしか本屋になかった。けどあとがきは、普通の角川文庫版のやつとは別で、岩井俊二監督の小学校時代の恋愛感だったりが書かれているので、こっちもアリだと思います。

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