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語ることって大事

【考察と感想文】『メアリと魔女の花』虹と魔法にさようなら

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 『メアリと魔女の花』公開初日に見たんだけど、自分の中でいろいろ考えて、ようやくブログで書く気になりました。あと最近このブログで書いてることってなんか堅苦しいよな、って思ったんで今回はゆるく書きます。

 まず、米林監督による前作の『思い出のマーニー』と比較しながら書きたいと思う。そういえばこのブログを開設したのは、マーニーを見て考えたことを書き起こしたいって欲求から始まってるので、米林監督の作品には個人的な思い入れがあったりする。

 

noumos.hatenablog.com

 

メアリ公開の一カ月前にニコニコ動画に動画upしたりなんかもした。この記事読む前にこの動画見てくれたほうが、これからの話がよくわかると思うんでよければ見てください。

 で話を戻すと、まずメアリはマーニーと似ている点とまったく対照的な点があります。

・前者は日常と非日常を往来する物語の構造

・後者はファンタジー要素がミニマムだったマーニーとは対照的にメアリがファンタジー要素マックスだった点

 前者について。先にあげたマーニーの考察記事で、主人公が日常から非日常へ放り込まれて成長してかえってくるっていう構造が『オズの魔法使い』と同じだって言いました。それはメアリでも同じだったし、メアリには明らかにオズを意識してるセリフがあった。魔法学校からおばあちゃんの家に戻ってきたときに、メアリが「やっぱり家が一番ね」って言うんですよ。それに魔法使いの欺瞞を暴くっていうオチも見事にオズでしたよね。まあ、これは物語の構造が云々というよりは、同じ魔法の世界を描いた作品だからってことで、オマージュとしてやってるって側面も当然あるだろうと思う。メアリの原作はイギリス児童文学『小さな魔法のほうき(The Little Broomstick)』(1971)で、俺まだ読んでないけどネットの情報を読んだ限りでは、基本的なストーリーラインは原作に寄りつつ、ところどころオズのエッセンスを入れているという感じかな。『オズの魔法使い』が書かれたのは、原作よりも半世紀以上前の1900年、有名なミュージカル映画が作られたのも戦前の1939年。なので、原作もオズの影響を受けているって可能性も十分あるんじゃないかと思う。魔法ファンタジーを書きつつ現実の科学だったりの欺瞞を暴こうとしたお話って、実はそんなに目新しくないんですが、普遍的なメッセージだし、今それをやる意味は十分あるよね。あくまで今の子どもたちに向けて作る訳だからね。

 さらに、メアリではストーリーだけでなく、主題歌でもオズと繋がってるんですよ。オズの主題歌は、Over the Rainbow、もしくは虹の彼方にっていう超有名曲。要約すると、虹の向こう側になんでも願いが叶う夢の国がある、いきたいなー、でもいけないのって曲。メアリの主題歌は、SEKAI NO OWARIのRAINって曲なんだけど、これがまさにOver the Rainbowへのアンサーソングになってる。


SEKAI NO OWARI 「RAIN」 Short Version PV 主題歌映画「メアリと魔女の花」

内容は、夢の国なんて虹の向こうにないけど、それでも前向きに生きていこうっていう感じ。虹じゃなくて雨のほうが草木を育てるから役に立ってるでしょ、っていう実はかなり現実志向な曲なんだよ、これ。すげーリアリストだし、メロディもいいし、素敵やん。この歌の虹ってのは、人に夢を見せる魔法そのものだし、米林監督たちにとってはジブリなんだよな。だから虹綺麗なんだけどねって口惜しく歌ってる。セカオワっていままで一度も聞いたことなかったけど、なにか聞いてみようかなと思えるくらいの実力は感じました。

 次に後者の、マーニーとは逆な部分。マーニーって実は王道から遠ざかった果てにあるような映画なんですよ。鬱こじらせた少女が少し不思議な体験をして元気になるっていう内容で、とてもジブリとは思えないような落ち着いた話。これまでのジブリみたいに明るく元気な登場人物たちが中心にいないので、好き嫌いが別れる作品です。僕は好きなんだけど、なんでかっていうと、例えば『耳をすませば』の月島雫みたいな女の子にリアリティを感じられないんです。『千と千尋の神隠し』の冒頭から暗いやつに見える千尋も実はもといた学校には友達がたくさんいて、別れたくないからブスッとしてるだけなんだよな。だから普通に明るくて自分にコンプレックスも感じてないような少女なわけだ。けれど、こういう健康な人間になろうとすること自体がおそらく今の若者の至上命題足り得るんじゃねーのって思うような、僕みたいな冷めた人間はマーニーにリアリティを感じられるから感情移入できるし感動できるわけです。

 今回のメアリは、従来のジブリのように王道のファンタジー、冒険活劇だったから、全く逆に振れたわけだよね。けど、やっぱりメアリも孤独ってほど深刻じゃないけど問題意識を自分の容姿だったり、何やってもうまく行かないドジさ加減に見いだしてる。これをどう克服するかがメアリにとっての命題だったわけだし、それが魔法の大学っていう今の社会を風刺したような場所での問題とリンクしていく。

 今の義務教育受けてる子どもたちも実は状況が似てる、というかもっと過酷かもしれない。今後、30年で世界は全く別の世界になってる。そんな世界でも生きられるように生きる力を身に付けさせなきゃって今の教育やってるわけで、メアリの裏のメッセージってジブリ以降のアニメ映画業界への挑戦っていうことだったけど、これからの子どもたちってこれまでの恵まれた環境はもうないんだってレベルじゃないんだよね。うじうじ考えてる暇なんてないまま状況が変化し続ける、それに対応してかなくちゃいけない、そんな世の中にこれから身を投じていかなきゃいけないわけですよ。魔法が無くなったって突っ込むんだよ!っていうね、行動第一主義が今後大事だよ、そしたらなんかいいこときっとあるよっていうのがこの映画の主張なんじゃないかと俺は思いました。思い立ったら即行動のメアリと思い出を深掘りしていくマーニーってな感じで(マーニーは主人公じゃないけど)、すごく対照的だよね。

 最後はジブリに感謝しつつも、それを遠ざけようとしてるのが伝わってきた。話の内容を簡単に言えば、ジブリ無き今、俺らが生きていくにはメアリみたいに後先考えずに突っ込んで行くしかねえ!って話だったんですよ。もちろん無くなったのはジブリだけじゃなくて、大学とか科学に対する信用だったりもするわけだけどね。ジブリを意識し過ぎな二番煎じに見える人もたくさんいるんだろうけど、むしろそれに特化したところから新しい意味を作り出したのがマーニーとメアリのすごさなんだと僕は思いました。

 

 で、米林監督って次何やるんだろうな、って話なんだけどね。米林監督の創作意欲がジブリだったっていうのはよくわかるんだけど、それもそろそろ頭打ちだろうから、実は勝負所って次なんだよな。これからコンスタントに続けるには、ジブリ以外のものが必要なわけで、どうするんだろうっていうさ。僕個人の意見としては、もっと黒い部分を出してもいいんじゃないかなーって思うんだよな。正直に言ってメアリには怖さが足りないです。中盤にメアリがボロボロになるんだけど、あー血出てないな、とかね。怪しい魔法がいっぱい出て来るのに、全然グロくないのも不満。なんというか社会の黒い部分を諷刺しようとしてる割には、チラチラ見え隠れするどうしようもない絶望感みたいなのがないんですよ。もっと絶望のどん底から這い上がるような話が描けると、そのコントラストがすごいキレイになりそうなのに、そうなってないからもったいないなーって思う。非情になりきれてない感じがした、そんな映画でした。次回作は誰かを殺すぐらいの覚悟でやってほしい。

  うーん、ここまで語っておいて何だけど、僕はマーニーの方が好きですね。なぜかと言うと死んだ人に会うっていうかなり怖い映画だから。こっちの方が深みがあるよなーって思います。でもこれ大人の意見なんで、子どもが見て感じるものがあればそれでいいんでしょうけどね。

 

 といったところで大体言いたいこと終わり。ではまた。

 

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